All I want for Christmas is


 12月の寒波が吹き荒れるこの天気の中外にわざわざ出ようというのは愚者以外の何者でもない。色ボケして脳が腐れ落ちた馬鹿な男女はこんな中外に出て遊び歩くらしいが、賢明なる僕はそのような愚行に走ることもなく、暖房の効いた部屋の中で一人ノートにペンを走らせている。二周目になる問題集を30分もやるとさすがに飽きが来るので気晴らしにリモコンを手に取り電源ボタンを押したのだが、僕はすぐにその行動を後悔する。
「ここでは今日クリスマス限定のメニューが……」
 即行で、電源をぶっち切る。再び薄暗いリビングに愛すべき静寂が訪れる。
「………リア充爆発しろ」
 クリスマス特集を垂れ流すテレビも、商機とばかりにサンタ服の店員が客を呼び込む駅ナカも、貴重な電気を消費するイルミネーションも、何もかもを呪いたくなる季節だ。
 大体何が楽しいんだキリスト教徒でもないくせにキリストの誕生日に浮かれるやつらの神経がわからないいやわかってるさ結局あいつらは騒いで楽しい思いが出来ればいいだけであってつまりはクリスマスなんてただの口実で大した意味もない記念日に本気で浮かれてるあいつらが馬鹿なだけでそして僕は馬鹿どもとは違う一緒にするなだからこの誰もいない空間に一人、一人でいるんだ。
「…………」
 終業式の日にクリスマスの予定をニヤけた顔でぺらぺらとほざいていたクラスメイトたちに心中で前歯折れろ、と呟いた記憶は新しいが、今日は更に、分厚いジャンプ年末合併号の角に頭をぶつけて死ね、と加えて呪詛を唱える。届けこの念。別に、別に全然羨ましくはないけれど、この受験期の貴重な冬の時間をそんなことに浪費する馬鹿どもはいっそ哀れだなと思うけれども、馬鹿男も馬鹿女もその身からほとばしらせる幸せオーラがウザくてウザくてしょうがないからとりあえずゼリー状になって死ねばいいと心から思う。そんなことを学校で口に出して言えばパリスが失礼極まりない気の毒そうな視線を寄越してきて、あいつだって同じような立場のくせに人を哀れむ余裕があることが非常に気にくわなかったので「テメーはなんかクリスマス予定あんのかよ」と聞いてやったら普通に「妹が楽しみにしてるから今年も家でクリスマス会だよ」と返されて何だか更にイラつきが増した。このシスコンが、妹とよろしくやってろちくしょうが、狭苦しい家で精々陳腐なクリスマスプレゼント交換会でもして手作りの折り紙貰って処分に困りやがれ。どうせ今日もいつもどおりあいつら は遅くまで帰ってこない、いない方がせいせいするからそれで勿論構いやしないのだけれど。
 放り出したシャーペンを再び取る気にもなれず何とはなしに机の上の携帯を手にする。具体的に何をするとも決めていたわけでもなくただ手が習慣的に動くに任せ、メールの受信ボックスを開くと一番上の名前が目に入り全く嫌になる。あいつの予定なんか知ったこっちゃない、知ったこっちゃないが、隣の幼なじみとケーキを食べてる光景が頭に勝手に浮かんできて余計に気分が下降する。あいつらは僕のいないとこでだって好きにやって好きに楽しむだろうわかってるよ別にそんなんどうだっていい僕がいる必要なんてないのだから。
 携帯を手にしたまま机に突っ伏すと木の冷たさが腕に伝わる。と、手の中の携帯が突然震え始めた。
 誰だ、という疑問は画面を見て即座に解消される。さっきもそこにあった名前だ。謎のタイミングの良さに狼狽しながら通話ボタンを押しかけるが、あまりにも早く出ると携帯片手に暇をしていたのがバレそうで、4コール分待って心の整理をつけてから出る。何の用なんだ、こんな日に。
「……もしもし」
「表出ろ」
 簡潔なのはいいが訳がわかるように日本語は使えケンカ売ってんのかタコ。
「……ああ?」
「いいから外出ろってんだよ外、お前家にいんだろ」
 お前家にいんだろの台詞に反射的に苛立ちを覚えるが、それを悟られないよう感情を抑えながら喋る。
「んだよいきなり、なんで僕がそんなことしなくちゃならねーんだ」
「いーから降りてこい、寒いんだよこっちは」
「は?寒いって……」
 どうやら奴は家からでなく外から電話をかけてきているらしいがそれが僕と何の関係があるのか、と言いかけた矢先、状況と台詞が頭の中で繋がった。まさかあいつ。通話を切ると同時に転がっていたジャンパーを拾い上げて羽織った。


「………よう」
 はたして玄関から出てエレベーターから降りた先、オートロックの自動ドアの向こう側には予想通り見慣れた奴が立っていた。アベリオンだ。
「何オマエ、なんでこんなトコいんの? 暇なの? 暇を持て余してるの、この時期に?」
 本気で意味がわからないのでいい感じに聞いてやると途端マフラーに半分隠れた赤い頬を更に赤くして奴は怒鳴る。
「るっせえ呼び出されてのこのこやって来たお前も同類だろーがこの暇人!」
「ぐっ………!」
 全く言い返す言葉もなく唸ると僕たちの間に気まずい沈黙が降りる。そうだここで二人集まってる時点で僕たちは同じ側の人間であってしかしそれを認めるのは殊更屈辱で、そして絶対相手も同じことを考えている。
「…………で、何の用だよ」
 二人でこんなところに突っ立っていても寒さが身に染みるだけだ。なるべく早く家に戻りたい僕はさっさと用事を済ますよう促す。アベリオンは「あー」と短い相づちだか何だかわからない声をあげたあとカバンからビニール袋を取り出してこちらに寄越した。どこかのショップのものらしき袋の中にはいかにもな包装紙で包まれた何かが入っていた。
「クリスマスプレゼント」
「………………………………は?」
 アベリオンが? 僕に? 何だって?
 手元のものをもう一回見直せば確かにそれは一般的なプレゼントのような見栄えをしていて更に今日の日付を考えればこれはクリスマスプレゼントだとか呼ぶのが妥当なのかもしれないが問題はこの状況とこの相手で、こいつがこんなものを僕にやるというのがまずあり得ないしこのためだけにここに来たというのはもっと考えにくいこれは何かの罠なのかしかし例えばこれが中身がジョークグッズのドッキリだとしてもそういうことを率先してやりそうなのはパリスだとかそこいらの連中でアベリオンがわざわざそんなことのために休みの日に出てくるとは思えないので、あれこれってつまるところマジなのかいやいやこいつに限ってマジなわけないじゃあこれって何なんだ。
「……言っとくけど俺からじゃねーからな」
 プレゼントと称されたそれを両手で掴んで立ち尽くしながら頭の中でひたすら思考をぐるぐるさせていたところにアベリオンの言葉が脳細胞に響いて当然の回答を得る。じゃあ誰なんだという疑問が瞬時に湧くが、それも奴は聞かれる前に先回りして潰す。
「ネルから。ちなみにお前だけでもないから。俺も似たようなの貰ったし」
 ほら、と言って奴は自分のマフラーを指でつまんで持ち上げた。そこでようやく僕はこの状況に大体合点がいった。アベリオンの幼なじみで僕たちのクラスメイトであるネルという女はとにかく何か作るのが好きらしく、ある時は料理にハマり毎日クッキーを持ってきて手当たり次第に配ったり、頼んでもないのに弁当を作っては購買組に押し付けたり、ある時はミサンガ作りにハマって腕をじゃらじゃらと鳴らしていたり、またある時は何故かプラモにハマって完成品の引き取り手を探したりと、とかく節操がない。加えてあれは何か作る過程が好きらしく出来上がったものに対しては一切の執着を見せないから周りの人間がそれを引き取る羽目になることが多い。言われてみれば確かに最近のあいつは休み時間に延々と毛糸と棒をいじくっていたような気もする。要するに、クリスマスにかこつけたいつもどおりの押し付けだ。そこまではいい。しかしまだ全てに納得がいったわけではない。
「……なんで本人じゃなくてお前なんだ」
「ネルはいつもクリスマス当日は家から動けねーんだよ。あいつんちも稼ぎ時だから、毎年家の手伝いしてんだ」
 そういえば両親は自営業と言っていた気もする。今ごろお決まりのサンタ衣装でも着込んで客の呼び込み中といったところか。だから?
「……だから、お前が、わざわざ?」
「……ネルに、クリスマスプレゼントだからよろしく、とか言って押し付けられたから、まあ暇だったし、仕方なく」
「…………ふーん」
 このクソ寒い中、僕だったら他人のプレゼントを他人に渡しに行くなんて無償の宅配は絶対に御免こうむるけどな、バカじゃねーのお前。いつもだったらそんな憎まれ口も叩けるのだけれど、寒さのせいで口を開くのが億劫で、結局気の抜けた返事一つでとどまる。
「ネルにあとでメールして礼言っとけよ」
「……………ああ」
 半分以上はあの女の自己満足なのに感謝を強要されるのは筋ではない気がしたが、そんな反論も面倒くさいので一言だけで済ます。これでこいつの用事も済んだことだし、あとは帰るだけだろう。それはわかってはいるものの、僕から促すことはせず黙っていると相手も立ち尽くしたまま口を開かない。何だよ、もうやるこた終わったんじゃねえのかよ。いい加減沈黙が気詰まりになってきたあたりで視線を手元から相手にやれば、目が合った。
「……よし、寒いから家に入れろ」
 いや、何がよしなんだよ。
「……ああ? 何で」
「このクソ寒い中わざわざ届けに来てやった俺に感謝して何か出せっつーんだよ。お前んち誰もいないんだろ? なら丁度いいし」
 親のいぬ間にタカりをする気満々かこの野郎。別にわざわざ届けに来いと頼んだ覚えもないのに押し付けがましく家に上がり込もうとする奴をやすやすと通す気もなく僕は抵抗する。
「誰もいねえけど何もねえよ! 昼飯だって買ってこないとねえんだから」
「何お前昼飯まだ食べてねえの? じゃまずコンビニか」
 人の話聞いてんだか聞いてないんだかわからないアベリオンがマンションの隣のファミマへ歩き出し、思わずついていく。自動ドアが開くと気の抜ける入店メロディが流れた。
「財布持ってきてないから何も買えねえって」
「俺がとりあえず出すからあとで払えよ。ホラ弁当持ってこいよ」
 もう奴の中で家に上がり込むのは確定しているらしく、カゴの中に手当たり次第にポテチやらペットボトルやらを放り込んでいる。こうなったら梃子でもこいつは帰りはしないだろう。僕は観念して、それでも癪なので料金は踏み倒すつもりで弁当棚の中から高いものを選んでアベリオンのところに持っていくと、デザートの前で奴はじっと品定めしている。視線の先には「メリークリスマス」と書かれたツリーのシールがパッケージに貼ってあるケーキが並べられている。
「ショートとチョコレートどっちがいい」
「はあ?」
 こいつもクリスマスなどという企業の仕組んだ罠に踊らされる愚昧な民衆の内の一人であったか。軽蔑心を隠すこともなく僕は答える。
「僕はいらねー」
「俺が食いたいんだよ。でもコンビニのケーキって二つセットだろ。一人で二つは食えないし、だから」
 だから人を巻き添えにするのだと、そういうことらしい。全くこいつは何でもかんでも勝手に決めてくれやがってこちとら常に迷惑をこうむっているわけだが、ケーキごときで反発を続けるのも馬鹿らしくなってきた。勿論僕自身はそんなものに一銭たりとも払う気はないがこいつが勝手にケーキ会社に貢ぐのは知ったことではないし、それにまあ、僕一人で食べるのでもないのなら、いいか。
「……チョコレート」
 小さい呟きは相手にも確かに聞こえていたらしい。チョコレートのケーキを手にしてこちらを見やるとアベリオンは小さく笑った。僕は一つ舌打ちして目を逸らし、ポケットの中の家の鍵を握りしめた。